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貴方がライバル! 6~8


・・・・・『貴方がライバル!』act6話~8話 ・・・・・





~ 貴方がライバル! Act6 ~






 気まずい空気の中三人は黙り込んで向かい合っている。

――― いや。訂正を入れておこう ―――

三人は、三者三様の空気を纏っていた。

一人は生き生きとした溌剌とした表情で、一人の人物にうっとりと見惚れていて、
もう一人は米神に、くっきりとした青筋を浮かべて突き刺すような視線を
残る一人に向けていた。

そして・・・、残る一人は・・・。
ひたすら哀願するような視線を、剣呑な空気を纏う相手へと送り続けている。


要するに、上から順番に。
ユーヘミア、エドワード、ロイとなるわけだ。



「・・・・・ 話は、大体判った。
 で、あんた ―― どうするわけ?」
冷めた視線を向けて、そうロイに詰問してくるエドワードが・・・恐ろしい。
ロイは慌てて、顔の前で手をバタつかせると。
「も! 勿論、断るに決まってるじゃないか!?」
即座にそう回答してくるロイに、エドワードは大きく頷いて。
「・・・おい、そこの女。聞いたろ? あんたが話があるって言ってた『ロイ様』が
 お断りだそうだぜ?」
尊大な態度でエドワードがそう告げる。
話の矛先を向けられたユーヘミアと言うと。
「私は『女』なんて名前じゃありません!
 さっきも言ったとおり、ユーヘミア・ウォーホールと言う、れっきとした名前です。
 ――― ふぅ~。紹介した名前も覚えられないとは・・・。
 あなた、世間が言ってる程、頭良く無いんじゃない?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべてのセリフに、エドワードの血管が数本音を立てる。
「――!! てっめぇー! こっちが大人しくしてやってればぁー!!」
女性という認識を吹っ飛ばして、掴みかかりそうな勢いのエドワードに、
ロイは大慌てで、身体を押さえ込む。
「エ、エドワード!! お、お、落ち着け! 相手は女性だぞ!」
ロイの必死な静止に、エドワードも悔しそうな表情を浮かべて、何とか思い止まる。
「くっ・・・!!」

鼻息荒いエドワードを押さえつつ、ユーヘミア譲に視線を送れば。
・・・ ロイはガックリと肩を落とすしかない。
「べぇ~~~~だ」
盛大なアッカンベーをエドワードにお見舞いしている瞬間だったのだから。

「お前なぁー!」
それを見たエドワードが、またしてもいきり立つのを、ロイは掴んでいた腕に力を
籠めて留める。

その後暫くして、エドワードが怒りを何とか抑え、もう後は知らんとばかりに
腕を組んでそっぽを向くと、ロイは深い溜息を落しながら、彼女へと向き合う。

「ユーヘミア譲・・・」
ロイがそう話しかけると、ユーヘミアはパッと表情を明るくする。
「何でしょうか? ロイ様」
にこにこと邪気ない満面の笑みを向けられて、ロイは思わず言葉に詰まる。
が・・・、横では新妻(?)が額から角を出しそうな勢いなのだ。
コホンと咳払いして、気持ちを新たにすると。
「―― お話はご両親からお伺いしております。
 が・・・、貴方のお気持ちがどうであれ、お話を了承するわけには参りません」
きっぱりと断りを入れたロイに、不思議なほどユーヘミアは落胆した素振りも見せない。
「そうですか。―― 判りました」
にこやかな笑みで返事を告げられて、ロイは訝しみながらもホッと安堵の表情を
浮かべる。
――― 根拠の無い安堵は、後でしっぺ返しに合うと・・・ちょっと前に
    学んでいたはずなのに・・・―――

「じゃあ、庭先に住み込ませて頂きますね」
良家の子女とも思えないこの言葉には、さすがロイとエドワードも仰天する。
「なっ!! とんでもない!
 貴方の様な令嬢を、庭先で住まわすなどと!!」
慌てて否定するロイの横では、エドワードが瞬きを繰り返してユーヘミアを凝視している。
「でも、お家には住まわせて頂けないのでしょ?」
小さく首を傾げて、不思議そうに聞き返してくる彼女に、ロイは速攻頷き返す。
「そ、それは勿論です! うら若い女性が、男やもめ・・・ではないにしろ
 男二人所帯に居候など――外聞に響きます」
ロイが顰めしくそう告げると、ユーヘミアは可笑しそうに笑った。
「外聞? そんなものを気にしていては、何も出来ませんわ?
 名将と誉高いロイ様の言葉とは思えません。

 真実は自分の目で確かめ、自分の腕で掴むものではありませんか?
 その得た答えが・・・例え、自分の意に染まぬものでも、人から与えられただけの
 ものより――――― 少なくとも、自分が納得できるものでしょ?」
頭を真っ直ぐに上げ、ロイへの視線も揺るがせずにそう言い切ったユーヘミアは、
間違いなくウォーホール祖師の血を引き継いでいる人間だ。

ロイは夕方のウォーホール夫妻とのやりとりを再現された気分になって、
沈鬱な思いを抱える。
が――― ここで負けるほど、ロイもやはり弱くはない。
幾分、険しい雰囲気を面に表しながら、口調もきつめのものになる。
「はっきりと言ったつもりでは有るのですが・・・。
 ユーヘミア譲――― あなたの意志や家訓がどのようなものであれ、
 私達がそれに協力する義務も、賛同する理由もありません。

 他人の家、敷地に許可無く立ち入るのは不法侵入罪ですし、
 不用意に他人の私生活を窺おうとするのは、プライバシー侵害では
 ありませんか? 
 貴方にあなたの信念があるように、世間の常識には守らねばならないルールが
 あります。
 貴方がルールを守らず犯罪紛いのことをしでかすのはかってですが、
 私達を巻き込むのは ――― 許せませんね」

冷たい声には、無言の圧力が籠もっているかのように、その場の空気を
締め付けていく。

―― 鼻っから勝負など決まっていたのだ。
 どれだけユーヘミアが克己心の強い才媛であろうが、所詮は一般市民でしかない。
 万の大軍を指揮し統率して、国を導くロイに勝てるはずも無いのだ・・・。
 もし勝てる方法が有るとすれば・・・・それは・・・――

「・・・・・・・おい、お前。
 何でそこまでしてここに住みたいわけ?」
それまで沈黙を守っていたエドワードが言葉を吐く。
「エドワード?」
ロイが怪訝な視線を向けて声を掛けるが、エドワードはユーヘミアを
射抜くような視線で見つめている。
それを受けているユーヘミアはと言うと・・・。
「わ・・・私・・は・・・」
先程までの能天気な雰囲気は鳴りを潜め、表情は固く顔を蒼ざめさせている。
言葉にも詰まる様子の彼女に、エドワードは呆れたように言葉を続ける。
「何だよ? あれしきの気迫に参ったのか?
 さっきまでの偉そうな啖呵はどうしたんだ」
馬鹿にしきった様子で告げ、肩を竦めて見せる。
エドワードのその態度に、ユーヘミアの闘争心に火が点く。
「まっ・・・負けてなどいません!!
 た、確かに――― ご迷惑は重々承知です。
 けど! ここで引き下がれば、自分で納得出来ない思いを抱える事になります!
 幼い頃より、ロイ様の武勲、勇猛さ優秀さ―― そして、気高いまでの優しさ・・・。
 ずっと、ずっーと・・・・!! それこそ、あなたよりもっと、もっと前から・・・!
 私はロイ様だけを見つめてきたんです!!

 ご結婚されたことは・・・哀しい事ですが、ロイ様がお幸せなら喜びと共に
 祝うつもりも勿論あります!

 けど・・・、けど・・・・・・」

そこまで必死に話していたユーヘミアが、悔しそうな表情を隠さずにエドワードを
睨みつけている。

その間ロイは、思ったより思いの度合いが深かったユーヘミア譲の告白に
茫然としたまま固まっている。

そして、そのユーヘミアの告白をぶつけられたエドワードはと言うと。
瞳に僅かばかりの翳りを浮かべて、彼女の話に続く言葉を待っていた。


――― ロイと結婚してから、全てが祝福で進んできたわけでは・・・当然ない。
 総統の威が有ろうとも。ロイがどれだけ守ろうとしても。
 世間の声は、完全に聞こえなくなるわけなど・・・・ありはしない ―――

( 男のくせに・・・。もう何度聞かされたかな・・・)
辛そうな色を見せないように、エドワードは視線を俯かせる。
自分が辛いのは我慢できる。けど・・・それを知ったロイに哀しい思いをさせたくはない。
自分が辛いと思う何倍も、ロイは心を痛めるのを知っているからこそ、
エドワードはどんな蔑みや中傷にも、敢然と頭を上げて受けてきた。

・・・けれど、これだけ面前ではっきりと言われるのは・・・やはり堪えるものがある。
次に来る言葉に耐えれるように、エドワードは俯かせていた視線を上げ
ユーヘミアに挑むような視線を向ける。

――― 俺が負ける事は出来ない ―――

無理を聞いてくれた人がいる。こんな自分達を、心から祝福してくれた人がいる。
そして・・・何よりも、自分が愛した相手と誓った想いだから。
万感の思いを抱えながら、エドワードは怯まぬように自分に言い聞かせる。


わなわなと唇を噛み締めているユーヘミアが、一層視線に力を籠めて唇を開く。

「――― そんな、ロイ様の伴侶が!
 あなたの・・・あなたのような・・・。

 子供だったなんてぇーーーー!!」

迸る絶叫に、エドワードは「へっ?」と肩がずり落ちる。
そしてエドワードの横では、察して身構えていたロイの不穏な空気も消沈している。

「私との縁談が断られた時から、ロイ様に相応しい人なら仕方ないだろうって。
 それは余程素敵な大人の方で、ロイ様を理解し、支え・・・そして、時には
 励ましや叱りも出来る経験に相応しい方だろうと。
 そう・・・想像していたと言うのに!
 
 あなた、あなたなんて、私と同い年でしょ?
 しかも・・・さっきから怒たり怒鳴り散らしたりばかり。
 まるで子供じゃないの!
 あなたみたいなお子様が、素晴らしいロイ様の伴侶なんてぇーーー!」

拳を握り締めて力説するユーヘミアに、二人は毒を抜かれたようになる。

「まぁ・・・料理は上手みたい・・だけど。
 でも、言葉使いも悪いし、態度はがさつだし。
 何より、その生意気な目が駄目ね。

 ロイ様には、こう・・・もっと、慎ましやかで良識のある奥ゆかしい人柄の人が
 似合うでしょ!」

良家の女性とは思えない鼻息の荒さで語られる言葉の数々を、ロイは他人事のように
はぁ・・・と曖昧な相槌をうち、エドワードは『それ、お前も当て嵌まらないよな』と
心で突っ込んでいた。

それから暫し、一頻りユーヘミアのロイ様伴侶の理想像を語られ、聞かされていた方が
ぐったりとした頃に。

「と言うわけで、私はそれを認めるまでは二人に張り付いているつもりです!」
そう高らかに宣言したのだった。







~ 貴方がライバル! Act7 ~






・・・・・ ( やれやれ・・・。)

 先程から不機嫌そうに食事を続けているエドワードに視線を向け、
ロイは心の中で苦笑する。
 そんなに不快なら、断れば済むものを・・・エドワードは、驚いた事に
ユーヘミアの申し出を受けたのだった。

 *****


『と言うわけで、私はそれを認めるまでは二人に張り付いているつもりです!』

とのたまったユーヘミアに、ロイは半場呆れ、半場諦めに似た感情を抱いた。
こういうタイプの人間には、説得や反論は逆効果だろう。
なら、もう好きなようにさせて、後は納得をしてもらうしかない。
勿論、強固に拒否する事も出来るのだが、―― どうにもこのタイプには弱いのだ。
確固たる信念を押し貫こうとする姿勢が、誰かさんに似ている。
そう思ってしまうと、なかなか頑として拒否することが出来にくくなってしまうのだ。
幸い家は邸と言って良いほど広く、軍関係の子女一人住まわせたところで困る事は無い。

・・・問題はエドワードなのだが・・・とちらっと隣に座る相手を盗みして見れば、
何やら難しそうな表情で考え込んでいる。
エドワードの気持ちを慮れば、自分を好きだと公言しているような相手を
新居に住まわせるなどとんでもないことだろう。
いくらロイがエドワード一筋だといっても、それとこれとは違うに決まっている。
ロイにしてみても、優先順位は考えるまでも無い。
1にも2にもエドワードで、その次は自分達の新婚生活の順番だから、
この話は断るのが当然の事だ。
――― そう、考えに結論が出たと言うのに・・・。

「・・・・・判った。認めてやる」
苦虫を噛み潰したような表情で吐かれた言葉は、ロイの予想とは大幅に違っていた。
「なっ!? エドワード?」
エドワードの言葉に驚いたように自分を見つめるロイに、エドワードは諦めたような嘆息を吐いて
肩を竦めて見せる。
「しゃーないだろ? こいつの勢いじゃ、本当に庭に住み込む位はするぜ?
 そこから追い払ったら、門前に張り付きそうじゃん?
 さすがにそれはご近所さんにも不審がられるだろうしさ・・・。
 もうこうなったら、こいつの言い分を利いてやって、とっとと判断してもらったほうが
 良いだろ?」
「それはそうだろうが・・・・・」
本当に、それで君はいいのかい?と訊ね様としたロイよりも先に、ユーヘミアが歓声を上げる。

「本当! 本当にいいの!?」
キャァーと手を組んで喜ぶ彼女に、ロイは苦笑しエドワードはむっつりと黙り込む。
「良かったぁ~! 一応断られた時の事も考えて、テントも運び込む準備をしてたんだけど、
 使わなくて済みそうね。

 あなた。なかなか話が判るじゃない」
と、エドワードに笑顔を見せて告げてくる。
「お前にあんたとか、呼ばれる筋合いはない!
 俺の事は『エドワード様』と呼べ!」
目を吊り上げて怒るエドワードの態度にも、ユーヘミアは気にする素振りも見せず。
「なんであなたを『様』付けで呼ばなきゃいけないのよ。
 あなたみたいなお子様は、・・・そうね『ちゃん』付けでどう?
 エドちゃんとか」
そう話すユーヘミアは、自分のアイデアが気に入ったのか、悦の入った表情で頷いている。
「!? 何で、ちゃん付けなんだよ! 却下! 却下ぁー!!」
「ええ~!? 似合ってるのにぃー」
エドワードの拒否に、ユーヘミアは不服そうな表情を浮かべる。

目の前で繰り広げられる賑やかな光景に、ロイはくらりと眩暈に捕らわれる。
・・・・・ これから毎日、こんな状態が続くのか?・・・・・

げんなりとした気持ちで、騒がしい二人を眺めたのだった。


で結局。エドワードが出した条件を飲むなら許可するという方向に落ち着いた。

1つに、期限を決めること。

「期間は一ヶ月! それ以上かかっても、何も見つけられないんなら、
 どんだけ時間かけても無駄だ。そん時は、収穫なしを答えに出てけ」
そう告げたエドワードにユーヘミアが不服を唱えようと開いた口は、エドワードの
一睨みで閉じられる。

2つめ。

「で、ただで居候させるわけには行かないからな!
 お前はここに・・・・・そうだな、家事修行って事で住まわせてやる」
 で、俺が師匠なとにかりと笑うエドワードに、ユーヘミアは嫌そうな顔をする。
「お前、料理とか掃除とか全然やってないだろ?」
 そう断言するエドワードに、彼女はぐっと言葉を詰まらせる。
「そんなんで、人の嫁さんの理想を語るのは、百年早い!
 まずは自分の身の回りくらい、きちんとやってからだろうが」
そう言い切られると反論の余地もないのか、ユーヘミアも不承不承、頷いて返す。

3つめ。
「これは当たり前だけど、俺らのプライベートの部屋に入んなよ?
 ―― 研究室は・・・どうせ、入れないだろうからな」
ロイと元国家錬金術師のエドワードの研究室には、重要な研究資料や成果が詰まっている。
おいそれと外部には見せれないものばかりだ。
が、どちらにしろその部屋には、二人しか入れない錬金術の細工がされてるので
一般のユーヘミアには扉を開けることさえ出来ないのだが。



エドワードの提示した条件を飲むしか方法がなかったユーヘミアは、
渋々ながら、その条件に同意した。


 *****

その癖、やはり感情は別なのかエドワードの不機嫌な様子は、食事の時になっても
以前、良くなる様子を見せていない。

「美味しいぃ~! エド、あなた料理だけは褒めて上げるわ」
嬉々として料理を口に運んでのユーヘミアの一言に、エドワードの米神に
青筋が浮かぶ。
「・・・だけは、は余計だっーの」
ぶつくさと文句を零しながらも、ユーヘミアにお替りをよそってやっているエドワードに
ロイは呆れてしまう。
何だかんだ言いながらも、エドワードは元々面倒見が良すぎるのだ。
目の前で必死になっている相手を、素気無く出来ない・・・、それは彼の美点だ。
――― 美点なんだがな・・・―――
別に赤の他人にまで、その寛容さを発揮してくれなくても良いのだが。
折角の新婚生活に、余計な水を差されたロイにしてみれば、少々面白くない。
しかも1月も・・・。ロイにしてみれば、1週間も居させれば十分だと考えていたというのに・・・。

自分の分のデザートを渡してまで、ユーヘミアの食事の世話をしてるエドワードの様子に、
ロイはまた、やれやれ・・・と心の中で嘆息を吐いた。





 *****

「一体、どういう風の吹き回しなんだい?」

漸く自室でほっと気を抜けた二人は、部屋で寛いでいた。
先程まで、ユーヘミアの部屋の準備やら必要な小物に、邸の案内などして
それが終わって自分達の時間が持てたのだった。

気疲れのせいか、ぐったりとベッドにうつ伏せに転がっているエドワードに、端に腰をかけて
ロイが話しかけてくる。

「んーーー、まぁ・・・ちょっと位なら、いいかって言う、気まぐれ?」
歯切れの悪いエドワードの言葉と同様に、内心もエドワードは戸惑っているのだろう。
そんなエドワードに、ロイは小さく笑って返す。
「何?」
忍び笑いをしている相手を、エドワードは顔だけ上げて不思議そうに窺ってくる。
「いや・・・・。君らしいな、と思ってね」
そう言って苦笑しているロイに、エドワードは罰悪そうな表情になる。
「ごめん・・・・・。勝手に決めちまってさ」
気まずげにそう謝ってくるエドワードに、ロイは軽く首を横に振り、
エドワードの横に空いてるスペースに、彼同様転がって横になる。
「いや・・・。私の方は、君が良いなら構わないんだがね」
そう言いながら、エドワードの肩に流れるようにして落ちている金糸を掬う。
自分がこの家に居る時間は少ない。軍で激務に付いているロイは、帰ろうと思っても
定時で上がってと言うのは、稀だからだ。
が、エドワードは市井の研究職に就いたから、余程差し迫った忙しい時以外は
夕刻には帰っているようだ。
なら、心労や負担を被るのはエドワードの方だろう。

ロイに髪を撫でられているのを気持ち良さそうにしながら、エドワードも語り返してくる。
「なんか・・・さ。あいつがあんまり必死だったから」
「絆された?」
「んー絆されたって言うより、昔の自分を思い出して・・・さ」
さらさらと手の平から滑り落ちるエドワードの髪の感触を楽しみつつ、ロイは
耳を傾けている。
「俺らも、人が聞いたら馬鹿だと思われるようなモン探し回ってただろ?
 人にどう思われてるかなんて、考える余裕もないくらいがむしゃらでさ。
 ―― でも、俺らにはあんたが居てくれた」
「エドワード・・・」
「それにあんたの部下の皆もな。
 ・・・だから、あいつの馬鹿馬鹿しい思いつきも・・・一言に否定できないってぇーか、
 暫くなら付き合ってやっても―― いいかなって」
照れたのか、枕に顔を埋めてしまったエドワードを抱きしめるように、ロイは腕を回す。
「それに、あいつ・・・。    くせにって言わなかった、俺に」
枕の中からのくぐもった声でも、ロイにはエドワードが何と言ったのかが判る気がする。

あの時・・・ もしユーヘミアがエドワードを傷つけるような発言をしたのなら、
ただでは済まさないつもりだった。
が、彼女の指摘は二人が思ったことではなく、二人とも毒気を抜かれたような気にさせられた。
・・・・・ エドワードがそれを嬉しいと思っているという事は・・・。
 それだけ言われ続けていると言う事なのだろう・・・。
僅かな痛みと引き換えに、ロイは幸せを手に出来た。
それはエドワードも同様だ。
その痛みを感じてでも、二人して幸せになる道を選んだ時から。

「そうだ・・・な。暫くの間位は、彼女に協力してやるか」
「・・・だな」

二人して顔を見合わせ、苦笑を交わす。

ベッドの上で。腕の中に愛する人を抱きしめて。
互いに見詰め合っていれば、二人の距離が狭まってくるのは・・・当然の成り行きだろう。
「エドワード・・・」
ロイは今日帰るまでに思い描いていたことを思い出す。
珍しく早く帰れ、しかも今日は・・・。
思い出してくると、自然と体の体温が上がってくる。

後数センチで互いの唇が触れ合うという瞬間に。
「なら、今日は自分の部屋に戻るな!」
とさっさと起き上がり、ベッドから降りようとするエドワードに、ロイは驚き慌てる。
「ちょ! ちょっと・・・!」
がっちりとエドワードの腰に縋るように抱きつくと、ロイは慌てて引きとめようとする。
「そこでどうして、君が自室に行くという結論になるんだ!」
「えっ? ・・・お客さんが来てんだぜ?
 やっぱ・・・・・そのぉ、それなりに気を使わないと」
頬をほんのりと染めて言われれば、エドワードが何を示唆しているのかは判る、判るからこそ。
「し、しかし今日は約束の日じゃないか!」
ベッドから足を下ろしているエドワードの腰に、寝たままの姿勢で縋り付いている姿は
とても人様には見せれない、情け無い格好だ。
「協力するんだろ」
怪訝そうに念を押してくるエドワードに、ロイは首をぶんぶんと音が聞こえそうなほど
横に振って、即答して返す。
「それとこれとは別だろ!」
「―――― っても・・・俺は、他に人が居る家で・・・。
 無理だな。だから、今日はナシ!」
勢いをつけて立ち上がったエドワードに振り解かれたロイが、情け無い声を上げる。
「エドワードぉ・・・・」

今日はロイがエドワードに許された二日の内の大切な一日の曜日。
週の真ん中と、エドワードの休みの前日が、ロイがエドワードを抱いても良いと
許された曜日なのだ。

結婚後1週間で里帰りされたロイが、必死に謝り、エドワードとの約束を守るからと誓って
帰ってきてもらったのは、数ヶ月前。
最初は週に一日と言ってきたエドワードに、ロイは青い顔をして頼み込んで、
漸くもう一日増やしてもらったのだ。
・・・それだって、ロイにしてみれば断腸の思いだったのに。

その大切で貴重な1日を削られるとは・・・。
絶望に打ちひしがれそうになって、はたと気が付く。
「エドワード・・・・・・まさか、彼女が居る一月間・・・とか」
恐る恐る声に出して確認してみる。出来れば否定してくれと願いながら。
「―――― 我慢しろよ」
なるだけ優しい声でと思ったエドワードの気持ちは、余り通じなかった。
ロイはへたり込んで座っているベッドの上で、両頬に手を当てて口をOの字に開け、
固まっている。
「はぁ~」
エドワードは額に手を当て、思わず溜息を吐いて、そんな様子のロイを見る。
そして、近付いていってロイの頬に手を伸ばすと。
そっと触れるだけの口付けをしてやる。
「・・・・・エドワード・・・」
もしやの期待に目を輝かすロイに。
「―― これで我慢な」
と残酷な宣告をして、エドワードはロイを置き去りに部屋を出て行った。
「-------!」

閉めた扉の中からは、柔らかい物に拳を打つつけている打音が漏れ響いてきた。
「っても、あいつがそんだけ我慢できるわけ・・・ないよな」
そう呟いたエドワードの口元には、困った風な笑みが浮かんでいる。

まぁ取りあえず、今日のところは我慢してもらって、後はおいおい状況をみて
考えていく事にしよう。
そんな風に結論付けて、エドワードは久しぶりに使う自室のベッドへと向かった。







~ 貴方がライバル! Act8 ~





夢も見ない眠りからいきなり飛び起きる破目になったのは、
部屋に備え付けられた電話の大音響の呼び鈴のせいだった。
ユーヘミアは、『枕が替わると眠れない』と言う繊細な感性は持っていなかったので
初めてのお宅でも、ぐっすりと安眠を貪っていたのだった。

「・・・はい、もしもし・・・」
寝ぼけ調子で電話の受話器を上げてみると。
『いつまで寝てんだよ! 居候の分際で!!
 今から10分で降りて来い。
 でないと、朝食は抜きだからな!』
と耳に受話器を当てた途端に捲くし立てられた言葉に、茫然となること数分。
そして・・・。
「はっ! い、いけないわ。急がなきゃー」
ととても良家の子女とは思えない騒々しさで身支度を整えて、転がるようにして
1階のキッチンへと走りこんで行った。


「おっ・・・おはようございます!」
ぜえぜえと上がる息を整えながら挨拶をしたキッチンの中では、
エドワードがシンプルなエプロンを着けて、朝食の準備を終えようとしていた。
「遅い! お前、明日からもう1時間早く起きて来いよ。
 弟子の分際で師匠の俺より遅く起きて、どうすんだよ」
「・・・! ちょっ、何で私があなたの弟子になんか」
反論しようと言いかけた言葉は、エドワードが向けたフライ返しによって留められる。
「家事修行! ・・・だろ?」
にやりと意地の悪い笑みをエドワードが向けてくる。
「・・・・っ!!」
そう言われて漸く思い出した。昨晩、ここに住まわせて貰う条件として、家事を修得する事と
言う条件が出されていたのだった。
「昨日は客扱いだったから免除したけど、今朝からお前は居候だ。
 ほれ、さっさと座って朝ご飯を食べる。片付はお前の仕事だからな」
エドワードにそう言われ、反発したい気持ちを押さえ込みながら指し示された席へと着く。
そして漸く、横に座るロイの存在に気が付いた。
「ロ・・・ロイ様。おっ、おはようございます」
自分の失態を見られたと思う恥かしさで、躊躇いがちに声をかけるユーヘミアに
ロイはむっつりと黙り込んだまま、頷くだけで黙々と食事をしている。
「あのぉ・・・」
やはり寝坊したのは拙かったかと、気落ちしそうになるユーヘミアを救ったのは
エドワードのぞんざいな言葉だった。
「ああ、気にすんな。ロイは低血圧だから、朝は大抵不機嫌なんだ」
そう言いながら、スープを差し出すエドワードからカップを受け取る。
「低血圧・・・・」
呆気に取られて言葉を繰り返すユーヘミアに、エドワードは軽く頷いてさっさと
自分の朝食に手を付け始めたのだった。

――― ユーヘミアが呆気に取られてる隙に、ロイが恨めしそうな目をエドワードに
 向けた事は・・・エドワードにはすっぱりと無視された一コマだ。―――

「・・・・・・準備をしてくる」」
静かな空気で進んでいた朝食の時間は、ロイの低い声音で告げられた言葉で途切れる。
席を引きキッチンを出ていくロイの様子に、エドワードは気にかけずに自分の朝食を
続け、ユーヘミアはほぉ~と妙な嘆息を吐き出した。
「・・・? 何だよ?」
そんな彼女に不審そうな眼差しを向けてくる。
「・・・・・低血圧だなんて・・・」
そう言って黙り込むユーヘミアに、エドワードはにやりと笑いながら聞いてくる。
「幻滅したか?」
エドワードの問いかけに、ユーヘミアは無言で首を横に振り、ポツリと一言零す。
「・・・素敵」
その彼女の漏らした言葉に、エドワードははぁ?と顔を顰め、小さく首を横に振ってから
肩を竦めると、彼女の相手はせずに食事を終わらせる事に専念した。


暫くすると、玄関の方で車のクラクションが聞こえてくる。
「おっ、迎えが来たみたいだな」
食器の片付を説明していたエドワードが、そう呟いて出迎えに行くのに
ユーヘミアも続いて追いかけていく。

「うーっす! 大将、准将準備出来てるか?」
元気のいい挨拶と共に、扉から現れたのはいつものハボックだ。
「おはようさん。いつもご苦労さん」
労う言葉を告げるエドワードに、そのまま話し掛けようとしたハボックが
後ろに控える人物に声を上げそうになる。
「あっ、今日から1ヶ月の間、家事修行する事になったんだ」
気づいたように紹介してくるエドワードに、ハボックは引き攣った笑顔で
ユーヘミアに挨拶をしてくる。
「失礼致しました。ロイ・マスタング准将の配下に入れさせて頂いております
 ジャン・ハボック中尉であります」
こうした挨拶は慣れているのか、ユーヘミアは特に物怖じする様子も見せずに
笑みを浮かべて、返答を返している。
「こんにちは。護衛をされているお姿は何度か拝見させて頂いておりますが、
 こうして言葉を交わさせて頂きますのは、これが初めてになりますよね。
 ユーヘミア・ウォーホルです。以後宜しくお見知りおきを」
と、実に流暢な挨拶をしてハボックに右手を差しだし握手を求める。
ハボックも不躾いにならない程度に軽く握手をして、その後は護衛役に徹する事を決めたのか
扉の外で不動の姿勢で立ち尽くしている。
「・・・・じゃあ、行ってくる」
背後から聞こえた声に、ユーヘミアは驚いたように振り返り、エドワードは
「ああ」と小さな返答を返した。
そのまま黙って外履に履き替えているロイが、ふとユーヘミアの方を向いて。
「失礼、忘れ物をしてしまったようだ。ユーヘミア譲、申し訳ないがリビングのテーブルに
 置いてきたと思うんですが、私の軍帽を取って来て頂けますか?」
にこりと微笑みながらそう乞われれば、彼を心酔しているユーヘミアには
嫌など有り得ない。
「ええ、勿論です! 急いで取って参りますわ」
「ありがとう。・・・・急ぐ必要はありません、ゆっくりと探してきて下さい」
パタパタと足早に立ち去る彼女への言葉の最後の方は、当人には聞こえなかっただろう。
「おい・・・」
エドワードの声掛けを無視して、ロイはハボックにも声をかける。
「ハボック」
含みのある言葉から察するものがあったのか、ハボックは「はいはい」と
仕方無さそうな返事をして、先に車へと向かった。
「おい、軍帽って。あんた」
ロイの言動に訝しそうにエドワードが話しかけた言葉を告げ終わる前に、伸びた腕に絡め
とられるようにして、抱きしめられ。
「・・・・っ!!」
朝の出掛けの挨拶としては、濃厚すぎる口付けを仕掛けられる。
驚いたエドワードが、腰を引こうとするのを許さずに、回された腕は力強く
エドワードの腰を引寄せ、更に密着させてくる。
「 ふぅ・・・あっ」
歯列を割って入ってきたロイの舌に、エドワードが苦しそうに鼻を鳴らす。
パタパタと暴れていた手が、縋るようにロイに回されるようになった頃。
「ロイ様ぁー。お帽子が見当たらないのですがー?」
と声を上げて近付いてくるユーヘミアの気配に、漸くロイはエドワードを開放した。
足元の覚束なさそうなエドワードを、そっと玄関の脇のチェアーに座らせると、
ロイは姿を見せたユーヘミアに、すまなさそうな表情を向ける。
「・・・・・そうですか。では、軍に置き忘れたのかも知れません。
 余計なお手間を取らせまして。ありがとう」
にこりと微笑まれ、ユーヘミアはポッーとなりながら首を横に振る。
「では、行ってきます」
そう告げて、颯爽と出ていくロイの姿を、ユーヘミアは憧れを隠さない瞳で
見送る。
「いってらっしゃーい!」
元気の良い彼女の挨拶には、もう見向きはされなかったが、それでも彼女には
十分な対応だった。


暫し余韻を楽しみ、次に横に座り込んでいるエドワードに視線を向ける。
「ちょっと・・・。挨拶もしないで、座り込んでる場合じゃないでしょ!
 そんな事じゃ、ロイ様の伴侶として失格よ」
腰に手を当てて、エドワードに諭してくるユーヘミアに、エドワードはへいへいと
投げやりな返事をして、漸く腰を上げると先程続きを教える為に、キッチンへと
足を向けたのだった。




 *****

「・・・驚きましたよ」
運転しながらのハボックのいきなりの言葉にも、ロイはふんと鼻を鳴らして答える。
「でも、大丈夫なんすか?」
ロイの態度など気にならないのか、彼は続けて窺ってくる。
「・・・・・・・・大丈夫なわけがないだろうが」
むっつりと返された言葉に、ハボックもやはりと思ったのか頷いている。
「どうすんですか?」
再度聞いてくるハボックに、ちらりと視線を向けてから逸らすと
ロイは返答しないまま黙り込んでしまう。
そんなロイの様子に、ハボックも同情の眼差しを向けるに留まった。

――― どうするか、だと?
    そんな事、私が聞きたい位だ・・・―――

自分絡みの事とはいえ、これからの1月間を思うと気力も萎えてくる。

現状を打破する為に、ロイは司令部に着くまでの時間を
ああでもない、こうでもないと、グルグルと思考を廻らし続けていたのだった。




 

 ★act1話~5話までは ↓
『貴方がライバル1~5』



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